先日夕方銀座からの帰りに日比谷線に乗りました。私が住んでいる八丁堀は銀座から3つ目の駅です。その日私は大事な打ち合わせがあったので、ビシッと決めてピンヒールこそ穿いていませんでしたが、ハイヒールを履いていました。銀座から乗った日比谷線は混んでいました。私は車内の中ほどまで押されてしまいました。私の前に座っていた若い女性がすかさず”席を譲って”くれました。これを喜ぶべきか、悲しむべきか、「ぁ、私すぐ降りますから大丈夫です」と言ったが、彼女はもう立ち上がっていたので、私は座りましたが、その悲しかったこと!!そんなに老人に見られたのかしら、自分じゃまだお年寄りに席を譲っている側にいると確信していました。どんなに気取っていても、年に見られるのですね!
明日から上海に行ってきます。いつものようにパソコンを持って行かないので、帰ってから上海特集をします。
投稿情報: 20:54 | 個別ページ
先日用事で小伝馬町に行きました。何と地下鉄を下りて階段を上がったすぐ前にこの石碑が立っていました。江戸時代の話でしょうが、今のマスコミも政治も冗談抜きにここで始末してしまいたい!と感じました。マスコミもくだらない、人の離婚やお泊りデート、二股、家族が生活補助、どうでもいいじゃない。政治も腐ったけど、さっきサウナでニュースを観ていたら、足立区で「片づけられない家」に補助金を上げて、片づけてもらう人を雇うという。その上片づけられない人に医者を紹介するとまで、何を考えているのじゃ!。勿論お隣さんがごみの山になっていたら、それは、それは大変だとおもいますよ。だけど、それで10数万円を援助するというのも何だかなぁ。こんなことに税金を使っていたら幾らあっても追いつきません。片づけられない症候群の人って、いくら人が片づけてもまた同じ状態になります。いつも築地界隈にいるホームレスのおばさん、4畳半にいっぱいになるほど荷物がありますが、整然としています。結構きれいにしているし、先日も通りすがりに見ていたら、ちょうどマニュキアを施していました。その前はコーヒーを持ってボーイ・フレンドが訪ねて来ていたし・・・私より余程精神的に豊かに過ごしている気配です。
中央区を自転車で走り回っているといろんな碑が立っています。一度ゆっくりツアーをしたら江戸の歴史を知ることになってもっと生活を楽しむことができるでしょう。うちの近くに亀島橋というのがあります。その袂に堀部安兵衛の碑があります。ここから築地に行く道には築地小劇場の跡地など、自転車を止めて碑を読んで楽しんでいます。
投稿情報: 20:57 | 個別ページ
お風呂から帰ってきて顔パックしている時、テレビを観た。つまらない番組ばかりだったので、BSプレミアムに何気なくチャンネルを合わせました。俳優の香川照之さんが北京で京劇に挑戦するというお話でした。彼の父親は市川猿之助、母は女優の浜木綿子、1歳で両親が離婚して彼は母親に引き取られたとのことだが、46歳にして歌舞伎に挑戦したり、息子共々歌舞伎の世界に入る。彼の演技はすごく”うまい”。顔はおせいじにもハンサムとは言えないが、いわゆる性格俳優で今の役者の中で群をぬいているのでは?いとも簡単に東大に入り、その後23歳で俳優になり、いい演技をする。いつも良い俳優だなぁ、と感心する。今日の番組でも京劇を5日間で学んで演じていたが、才能があるのだなぁ。優秀な息子なのに浜木綿子はちっとも前に出ない、彼女の控え目もいいですねぇ。浜木綿子は宝塚出身なので、声の出し方が好きになれないですが、いい息子が頑張っていて素敵。
投稿情報: 22:18 | 個別ページ
今日はNYに在住50年の坪田裕子グルソンさんと私はパソコンの先生にご教授をお願いいたしました。私は判らなくなるたびにお聞きしていますが、坪田さんは日本に来ている時だけ、日本語のパソコンと英語のパソコンの違いなど・・・字だけのことではない大変さがあるようです。そういえばNYの鈴木かつこさんとパソコンでのメールはこちらからのメールは受け取れるそうですが、NYからのメールはめちゃくちゃな文字化けしてきます。ローマ字で書いていただいてやっと読めるという有様です。従って坪田さんもパソコンの主軸を日本語にするか、もう日本語を諦めるか、の選択をせまられます。その上彼女はドイツ語が入るし・・・何時間先生を拘束しても解決できません。しかし、パソコンの奥は深いですが、これを使いこなすにはまだまだ先生に御迷惑をおかけすると思います。何もかも判ってしまうなんて永遠にないでしょうから。出来ることだけ一生懸命に頑張っています。話題のフェイス・ブックも今日聞いて「へぇ~~~」というありさまです。ちっともお返事を出していないことを今日教えて頂きました。これから頑張ってお返事を出そうと努力しますが、日々の忙しさに紛れて今日お習いしたものもまた忘れそうです。
投稿情報: 17:02 | 個別ページ
聖霊降臨日の礼拝を守りました。来週と再来週は予定が入っているので、日曜日の教会へ行かれないので、今日は何としても出席したいと思っていました。素晴らしいお天気に恵まれて、銀座も朝から人出が多かった。礼拝後珍しく映画に行きました。本当に久しぶりに映画館へ行きましたが、「恋と愛の測り方」という邦題が付いていて、NYが舞台の物語でした。恋に落ちて行き着くとこまで行くとその恋は終わってしまう、愛の方はその後あとを引きいつまでも想い続けられる??という内容でした。筋も単純だし、あまり話題にもならなかったので、観客は10名くらい。上映していただくのに申し訳ないほど空いていました。日曜日の1時半ごろの時間でこの観客の少なさに驚いてしまいました。ただ、私はNYが舞台だから、とても興味があって撮影場所や部屋のインテリアまで、話の筋はどうでも良いのですが、そのほかの興味は満載でした。
映画はシネスイッチ、銀座通りの一本裏の小さな映画館でしたが、私は松屋で一休み、ソフト・クリームを食べていたら、中年の夫婦が一つのソフト・クリームを交互に舐めていましたが、とても恥ずかしい姿でした。人のことどうでも良いですが、孫とおばぁちゃん、若い恋人たち、一人の女性(私みたいに)はそんなに感じなかったが、初老の夫婦かもしくは夫婦でなくても何だか気恥ずかしい気がしたのですが・・・考えすぎでしょうか。
投稿情報: 19:23 | 個別ページ
いつもの土曜日、先週妹が「アジフライを食べたいわ」と言っていたので、朝築地の長崎県漁連に行った。対馬の小綱産の鯵があったが、アジフライにするには10センチ以上だと美味しくない。小さい鯵は面倒なので、おろしてくれない。しかも土曜日なので朝7時半ごろにも関わらず、築地はおお賑わい。15センチほどだと魚やも手をかけてくれるが、特に今日みたいにお天気が良く、朝から混雑する築地はこんな小鯵は自分でおろすしか仕方がない。ちょうど包丁も築地で研いだばかりだったので、白楽で一仕事しました。手を掛けただけあってそのアジフライの美味しかったこと。食べ終わってから、あぁ~~写真を撮るのを忘れてしまいました。フライはアツアツでないとねぇ。レモンと塩で食べたら天下一品。お肉屋さんで「北海道から送ってきたアスパラガスをあげましょう」と奥さんが一把頂いたので、これを茹でて、春キャベツの千切りとシジミの味噌汁で、日本人でよかったと思うほど美味しい夕飯でした。母は数日前に転んだとのこと、顔中痣だらけで心配しましたが、ご飯が食べられるようになって安心しました。
投稿情報: 22:31 | 個別ページ
今朝NYの坪田裕子グルソンさんがNYからデュセルドルフに一日滞在してその後成田まで地球を半周して到着しました。その後中央区役所へ。いろいろ手続きをしてから我が家へ。彼女とお風呂屋さんの話のついでに「行って見ませんか?」とお誘いしたらノリのいい裕子さんは即座に「行きましょう」となりました。ここ湊町のお風呂はまだ出来てから間もないので綺麗だし、サウナ&水風呂が完璧。裕子さんはNYとヨーロッパの時差解消にサウナは一番と大喜びでした。足もむくんでいたのが解消されて、すっかりお風呂屋さんの虜に。我が家で風呂上がりのビールとおつまみ、ご飯をゆっくり食べて、先ほど大崎の息子さんの所へ帰りました。息子さんはヨーロッパの会社から派遣されている弁護士さんで、ここ6~7年日本に住んでいたのが、この6月でウイーンに転勤が決まったとか。裕子さんとは私がNYに住んでいた時の友達で、もう20数年になりますか。友達っていいですね。あの話、この話と時の経つのも忘れて話し込んでしまいました。来月はNYへ行きますが、彼女のお宅に泊めて頂きます。
今日もTBSの生島ヒロシさんの番組に出演させていただきました。生島さんが「先週に引き続き大前伶子さんです」と紹介されて、本の後半の質問がありました。終わってからお電話があり、研一が選挙に出たときのお話をしました。あの時の生島さんの写真がありますよ、と申し上げたら、ぜひ送ってくださいとのこと。早速複写をしてお送りしました。
投稿情報: 23:01 | 個別ページ
ドクター・シーラボのモデル??をさせていただきました。顔がこわばるほど何枚も撮りましたが、果たして結果は如何に?8月号に載るそうです。ライターさんとカメラマン、メイクアップのプロ、コーディネーターと大変なのですね。終わってからいつものお風呂に行ったら、知り合いが「今日のメイク素敵ね」と言っていただきました。知人を通してこの話しが来たときは、いい年して恥ずかしいと思いましたが、こうしてプロカメラマンに撮影していただくと嵌ってしまいます。顔のメイクは何と言っても眉です。眉さへきっちりと書けていると案外顔は締まります。終わってからみんなでランチをしましたが、今日は人数が判らなかったので、パエリアを作ってみました。
投稿情報: 22:20 | 個別ページ
雨脚が強かったが、明日取材で肌のチェックがあるからサウナで汗を流そうとお風呂屋さんに行った。案の定空いていてサウナは私一人。NHKのテレビがついていたので何気なく観ていたら、「クローズアップ現代」で舘野泉さんを特集していました。一人だからじっくり観ていましたが、私は昔舘野泉さんのピアノが大好きで、そのころは追っかけなんて言葉はなかったですが、追っかけをしていました。それは、それは素敵なピアニストでした。上野公会堂や日比谷公会堂へ通いました。今は小原孝さんのコンサートへ行っていますが、私は昔っからピアニストを追っかける癖があったのです。彼はその後フィンランド人と結婚してフィンランドに住んでいましたが、ヨーロッパで活躍しているのを報道で知りました。ところが、8年前に脳溢血で右手が不自由になられて二年ほど苦しんだそうですが、その後左手だけのピアノでリカバーしています。今日のテレビも彼の生き方に感動して、サウナの中で涙がでてしまいました。汗か涙か・・・30分一人でじっと観ていました。若いとき彼は本当にピアノの貴公子でした。姿と腕前が良いあのころとしては珍しくクラッシックなのにファンクラブがあった。信じられないくらい素敵なピアニストでした。大正7年生まれの母は私たちに音楽教育を施してくれたのだなぁ、初めてピアノのコンサートに連れて行ってもらったのは、安川加寿子さんのコンサートでした。昭和35年ごろにクラッシックのピアノのコンサートへ連れて行ってくれたのです。その安川加寿子さんはその後芸大のピアノの教授になられて、(確か安川電気の社長夫人でもあった)職業婦人として崇高な地位を築いていました。その息子さんはこれもご縁で、私が「日和」を経営していた時、安川さんの息子さんが三井物産勤務でお客様としていらしてくださっていました。安川さんは私が昔おかぁ様のピアノを聴きにいったことがあると話したことを思い出しました。舘野泉さんは芸大で安川加寿子さんにお習いしたようです。母も音楽大好き、研一が音痴だと知ると当時オルガンで彼の音を直していました。その後ピアノが入りましたが、私も妹もリタイア、ピアノは無用の長物に成り下がってしまいました。それでも聴くのは大好きになったのは安川加寿子さんや舘野泉さんによるところが大きいと感謝しています。舘野泉さんの努力は弾くという行為だけでなくピアノに対しての真摯な気持ちが伝わり両手で弾く以上に感動してしまいました。
投稿情報: 21:51 | 個別ページ
932年ぶりとか、前回は平安時代とかマスコミが大騒ぎしていたが、まったく興味がなかった今日の金環日食、朝テレビをつけたら欠け始めました、と言ってるじゃないですか。もしかしたらマンションの屋上で見られるかもとカメラを持って気楽にエレベータを待っていた。二台のエレベーターが”R”を示していたので、犬の散歩でもする人が行っているのだろうと屋上へ。何と50人ほどの住人が空を見上げていました。私はゴミを捨てに行くにもすっぴんで行ったことないほど気を付けていますが、まさか、まさかの大人数が屋上に陣取っていました。しまった、せめてお化粧をしてくれば良かったと思ったのは後の祭り。金環になりかかっている最高潮の時、これを逃すと終わってしまうと開き直りました。会社に行く人も一応屋上でという人から、犬にも見せてあげようと同伴したり、屋上は超満員でした。金のリングになる、太陽と月と地球が一直線上に並ぶ。確かに神秘的でした。次は300年後だそうです。生きている人はいないのは当たり前ですが、もっとハイテクになっているのでしょうか?それとも平安時代のような時代に戻っていたりして。写真ももちろんハイテクのものではないので、何となく太陽のようですが、私はしっかり”輪”を見ました。お隣で見ていた住人は前回日食を中国まで行って見ようと頑張ったが大雨で見られなかった、って、お手軽にマンションの屋上で見られたので良しとしましょう。
投稿情報: 21:40 | 個別ページ
茶のしずくの石鹸を宣伝していた「真矢みき」あの事件?以来見ないなぁ、と思っていたら、何とまたテレビ・ショッピングのサプリメントに出始めた。別に何に出てもいいのですが、節操がないですねぇ。あの石鹸はアレルギー症状が出て自主回収したと報道されていた。「売上日本一」と豪語していましたが、そんなこと次の仕事で帳消しなのでしょうか。私は昔から宝塚が大っ嫌い。声の出し方が不自然、わざとらしい、気持ち悪いので、好きになれないのですが、それでも帝国ホテルの前の宝塚劇場の前を歩くとファンがあふれています。楽屋から出待ちしている人がたくさんいます。好きは好きでいいのですが、真野みきという人の厚かましい宣伝は逆効果では?と。どんなに上位にいたラカラジェンヌもあのしゃべり方は鳥肌ものです。若いときに発声を直されるとずーーーとああいう話し方になるのですね。タカラジェンヌになるのは相当な競争を経てその上冬は裸足、夏は綿入れを着てトレーニングするという噂です。頑張ってはいるのですが・・・
投稿情報: 23:02 | 個別ページ
軽井沢や北海道産の花豆はめちゃくちゃ高い。先日築地を歩いていたら、花豆が呼んでいた。というのは、母の好物が豆で、特に花豆には目がない。これを買うと煮るのに手間が掛かるので、作ってあげたいなぁ、と思いながら値段が高いこともあり二の足を踏む。築地ではこの豆を買うのに目方ではなく升です。1升とか5合という具合に昔の単位を用いています。1升2500円もするのです。今週は「えい、やぁ」と気合を入れて作ることに。一晩水につけると膨れて倍になる。私は圧力鍋で作りますが、甘さを抑えたい私と母は昔風の甘い煮豆を好む。今回は母が好きな甘めに作りました。砂糖は三温糖にしていくらか体に良いものを。塩が甘味を増すので、一つまみいれて、3回に分けて圧力をかけました。ものすごく美味しく出来上がったので、ほとんど白楽へ持っていきました。3粒も食べたらお腹がいっぱいになるほど大きく立派な煮豆になりました。母が喜んでくれるので、こうして手間のかかるものを作りますが、母がいなくなったらとてもじゃないけど張り合いがなくて、こうして毎週考えることがなくなるのでしょうね。妹は乾燥した豆を買ってきて何週も置いてあるので、「いつ作るの?」と聞いたら、「お姉ちゃま持って帰って作ってきてよ」ですって。それなら乾燥豆なんて買わなきゃいいのに。甘やかしたらいけないから知らん顔してきました。
ガレージにいつもの車じゃなく日産の車が停まっていました。研一が月曜日の金環日食を見るために、白楽の車を借りて行ったとか。白楽の車はレクサス赤のオープン・カーです。天井を開けて伊豆で見るとのこと。ご苦労様です、いかにも研一らしい。車の中から天井を開けて・・・・果たして写真成功しますか・・・祈念・・・・
投稿情報: 21:29 | 個別ページ
生島ヒロシさんのTBSラジオ朝の番組に出演いたしました。朝早いので誰にも言わずに出演したのですが、聴いている人からお電話がありました。反応がありびっくりしましたが、先ほど来週もと出演依頼があったので、気に入っていただいた??のでしょうか?従って来週の木曜日も出演いたします。生島ヒロシさんは昔大前が都知事選に出馬したとき、その出馬宣言をした大会の司会をしてくださいました。今日の出演も今考えると何を話したか、思い出せないほどあっという間でしたが、朝緊張してすごく早く起きてしまいました。こういう緊張がいいですね。
投稿情報: 21:53 | 個別ページ
ニュースで言っていましたが、大阪市の職員で刺青を入れている人は自己申告で110人に達したとのこと。その中には環境局の人も・・・・消すようにと指導している?!橋元市長は弁護士さんだから、その辺は心得たもの。消さなかったら分限免職になるか配置転換だそうです。普通の人が刺青をいれているってなんだかなぁ。スポーツクラブでもその辺の銭湯でも刺青お断りと書いてあります。私のように銭湯がなかったら”青菜に塩”のようにシナってしまうほど大きいお風呂&サウナ好きな人間にとっては、考えられない行為です。刺青って「あっ、あの人刺青している」と思ってスポーツクラブの職員に言ったとしても、洋服を着てしまったら、もう注意ができないそうです。もし、間違っていたら訴えられたりするらしい。若気の至りで刺青を入れて、その後まっとうな人生を歩み出そうと思っても、その消した刺青はみみずばれのようになってしまうようです。ある女優さんがサウナでいかにも消しているのですが、盛り上がった肉はその人生も消せないのを見たことがあります。私はそういう人がサウナに入っていても、怖いので、目を合わせないようにしていますが・・・・それにしても今までの市長さん何をしていたのでしょうか?
投稿情報: 16:38 | 個別ページ
また、来年卒業予定の大学生があふれています。我が家の回りにはIT企業や新種の業種たくさん入っているビルが多い。この時期になると例のA&A(アオキ&青山)の”制服”を着て闊歩している女子大性をたくさん見かけます。私はどうもあの恰好が好きになれない。今まで髪を染めてジーパンを穿いていたであろう大学生が、髪も黒髪に染め直し、あの制服のような、コスプレにしか見えない姿で就職試験にうろついて姿を見るのが大嫌い。個性はどこへいったのでしょうか?コスプレすると大胆になるという。まるで安物の女子大生が出来上がっている。そして人と同じ姿になって何とか入社しても5月の連休明けには30%は辞めてしまうという。今の女子大生はこの前に20歳の成人式を迎えている。あの安っぽい着物に同じ髪型、ふわふわの白いショール。次にアオキ&青山の変な制服風で就職試験を受けて、その後卒業式にまた安っぽい袴で臨む。昔の親は女の子が生まれると成人式の為に出入りの着物やさんと相談して、それは、それは上等な振袖を新調していたのです。レンタル業がここまで日本の伝統を壊してしまったのは残念です。
投稿情報: 21:08 | 個別ページ
BONDの卒業生鈴木さんがこの一年頑張った発表会、原宿で行われた。私は教会が終わるやいな、原宿まで飛んでいきましたが、原宿の駅は人で満員。彼女は仕事をしながらの練習良くやっているなぁと感心しています。勿論プロの小原さんとお弟子さんとは違いますが、ショパンもドビッシーも後の世に弾いてくれる人たちに記号や音符でお知らせしていますが、みなさんいろいろな解釈でとても面白かったですよ。間延びのしたショパンだったり、勢いよく弾いてくれる人だったり・・・それにしてもいつも感心するのは小原孝さんはお弟子さんに対するあたたかい気持ちが聴いている人に伝わることです。譜めくりも、演奏中も心配な個所で先生の表情が曇ったり、晴れたり、うまくいったとほっとしたり、最後に小原孝さんが弾いてくれたスタニアン・ストリートはピアノを歌わすテクニック健在で、益々人間味あふれてきていますね。
投稿情報: 19:38 | 個別ページ
毎年、来年の母の日は白いカーネーションかと不安が過る日でもある。明日母の日ですが、今日繰り上げてお祝いをしました。珍しく家でなく中華料理を食べようと横浜駅の崎陽軒の中にある「嘉宮」を予約した。私たちは中華街の中華よりここの中華が昔から好きだった。地下1階の崎陽軒は焼売で名高いが、食事をするには大衆すぎる。崎陽軒の2階にあるココの中華は先日上海で食べた中華には遠く及びませんが、それでも中々のお味です。今まではメニューに載っていた揚げワンタンの甘酢かけは絶品だったのですが、今ではメニューから外されていました。私たちはこの裏メニューを所望して、カニスープや北京ダック、エビのマヨネーズなどここでの得意料理を食べました。母も気分が変わったせいか良く食べていましたが、来年は果たしてここまで来られるかしら、と考えたくない思いがしました。
投稿情報: 22:33 | 個別ページ
講談社さんの計らいでフェイス・ブックの神様といわれている「佐藤きみひろさん」に会わせていただきました。ガッツのある、イケイケどんどんの方でとても素敵な方でした。私はこのIT関連にものすごく弱い人間なので、すごく有名な方と伺い、緊張していましたが、これからの私の動きを助けてくださるとのことで舞い上がってしまいました。中国の王さんといい、徐さんといい、ヤンミーさん、葉さん、周さん、日本では編集の愛さん、八丁堀会の方たち、3%の方、中島薫さんの仲間、それとここまでITに不慣れな私をじっと我慢して助けて下さったパソコンのヤマダセンセイ、私の人生後半になってすごく人に恵まれています。今日お会いした佐藤きみひろさんは「いますぐ勉強をやめなさい!」という本を出版されています。カメラを忘れたので写真が撮れませんでしたが、すごくオーラがある方でした。
投稿情報: 20:50 | 個別ページ
5月8日新パレス・ホテルの新装お披露目がありました。特別のお客様だけを招いての会だったそうで、私はラッキーにもホテレス誌のミッキーさんが誘ってくださった。前々から特別の想いがあるパレス・ホテルの披露はぜひ誘ってください、とお願いしてあっが、優しいミッキーさんは叶えてくださった。横浜のニューグランド・ホテルの原社長様とご一緒に新装なったホテル内を村上さんのご案内で見させていただきました。以前のホテルは”皇居”を見下ろしてはいけない?との配慮で低層のホテルでしたが、今回は21階までの建築でした。今はやりのコンテンポラリーの部分と昔懐かしい設えととても素敵なデザインでした。お客様もテレビで見た顔ばかり、森元首相、海部元首相、野中さん、塩じい、中川秀直さん、経済界からも元日銀総裁とか・・・・それと各ホテルの社長様方が綺羅星のごとくいらして、あんなすごいパーティーは久しぶりでした。皇居を見下ろせる作りですが、そんな覗くなんてお品のないことはしない方に泊まっていただきたいです。日本料理の「和田倉」の設えは絶品でした。プールも皇居の緑を背景に、あんなに素晴らしいところで泳げるなんて。一泊25万円のお部屋を観ましたが、私は東京住まい、タクシーでも1メーター距離の所ゆえ、泊まるということは考えられませんが、朝ご飯は一度食べに行ってみたいと思いました。ホテルの朝食でそのホテルのクオリティーがわかるというのが私の持論です。
下の写真は大手町ビルです。私が丸紅のOL時代ここの9階に勤務していました。この9階の皇居側に社員食堂があり、あのころは今では周りにすごいビルばかりになったので、妙に貧乏くさい大手町ビルになってしまいましたが、あのころはひときわ斬新な一番目立つビルで、全長200メートルのビルと自慢でした。ここのOLをしているって結構嬉しかったものです。そして重役さんが連れて行ってくれるランチはパレス・ホテルの洋食でした。私はパレス・ホテルのバーで「カカオ・フィズ」と「バイオレット・フィズ」を覚えました。懐かしいカクテル、パレス・ホテルが今回のリニューアルのために壊す最後の日にもここで2つのカクテルを飲んで昔を忍んだものですが、あれから2年、立派に新パレス・ホテルが出来上がりました。
投稿情報: 11:01 | 個別ページ




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